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院長の生活習慣病コラム

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    2026/06/02

    血糖値は正常なのに「糖尿病予備群」と言われた――境界型糖尿病の本当のリスクについて

    「予備群って言われたけど、まだ糖尿病じゃないから大丈夫ですよね?」

    外来でこの言葉を聞くたびに、私は少し時間をとって話をするようにしています。なぜなら、この「まだ大丈夫」という感覚こそが、境界型糖尿病を放置させてしまう最大の落とし穴だからです。

    健康診断の結果に「要経過観察」と書かれ、次の健診まで何もしなかった。そういう方を、外来で何人も見てきました。そして数年後、気づいたときにはすでに糖尿病に移行していた、あるいは心臓や血管にダメージが蓄積していた、という経緯をたどることが少なくありません。

    境界型糖尿病は、「糖尿病の手前」ではなく、すでに血管へのダメージが始まっている状態です。この記事では、「予備群は放置していい」という誤解を正面から崩しながら、今あなたが知っておくべきことをお伝えします。

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    「境界型糖尿病」とは何か――診断基準と見逃されやすい落とし穴

    まず、言葉の整理から始めましょう。「糖尿病予備群」「境界型糖尿病」「前糖尿病(プレダイアベテス)」は、ほぼ同じ状態を指す言葉として使われています。日本糖尿病学会のガイドラインでは、以下のいずれかに該当する場合が境界型とされています。

    ・空腹時血糖値:110〜125mg/dL(正常は99mg/dL以下、糖尿病は126mg/dL以上)
    ・75g経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)2時間値:140〜199mg/dL
    ・HbA1c:6.0〜6.4%(正常は5.5%以下、糖尿病域は6.5%以上)

    ここで大切なポイントがあります。健康診断で測定される「空腹時血糖値」だけでは、境界型の約半数を見逃す可能性があるのです。

    ▪ なぜ空腹時血糖だけでは不十分なのでしょうか

    食後の血糖上昇(食後高血糖)は、空腹時血糖が正常範囲であっても起きていることがあります。インスリンの分泌が遅れる「食後高血糖」のタイプでは、空腹時は正常値でも食後2時間の血糖値が200mg/dLを超えていることがあります。この状態を正確に捉えるには、75gOGTTという検査が必要です。しかし一般的な健康診断ではこの検査は含まれていません。

    つまり、「健診の血糖値は正常だったから安心」という判断は、実は不完全な情報に基づいている可能性があるのです。

    ▪ HbA1cの「グレーゾーン」にも注意が必要です

    HbA1cが5.6〜5.9%の方は、ガイドライン上は「正常」に分類されますが、欧米のデータでは将来の糖尿病移行リスクが高いことが示されています。健診結果が「正常」でも、トレンドとして少しずつ上昇しているようであれば、早めのご相談をお勧めしています。

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    「まだ糖尿病じゃない」は安心の根拠にならない――境界型が持つ本当のリスク

    境界型糖尿病を「セーフゾーン」と思っている方にとって、以下のデータは少し衝撃的かもしれません。ただ、知っておいていただくことがとても大切なので、正直にお伝えします。

    ▪ 糖尿病への移行率

    境界型糖尿病と診断された方が何もしなかった場合、年間5〜10%が糖尿病に移行するとされています(日本糖尿病学会 糖尿病診療ガイドライン2024)。10年間放置すれば、単純計算で50〜70%の方が糖尿病になる可能性があるということです。

    一方で、適切な生活習慣の改善(食事・運動)によって移行リスクを約58%減らせることが、フィンランド糖尿病予防研究(DPS)や米国の糖尿病予防プログラム(DPP)で示されています。「予備群のうちに手を打つ」ことの意味が、この数字に凝縮されています。

    ▪ 心血管リスクはすでに上昇しています

    ここが循環器内科医として最も強調したい点です。境界型糖尿病の段階で、すでに心筋梗塞・脳卒中のリスクは正常血糖の方と比べて1.2〜1.5倍程度高いことが複数のメタ解析で示されています(Huang Y et al., Diabetes Care, 2016)。

    血管へのダメージは、血糖値が「糖尿病の診断基準」を超えた瞬間から始まるのではありません。境界型の範囲でも、食後の血糖スパイクが繰り返されるたびに、血管の内皮細胞が傷ついていきます。「まだ糖尿病じゃないから血管は大丈夫」という考えは、残念ながら医学的には正しくないのです。

    ▪ 自覚症状がほぼないことが最大の問題です

    境界型糖尿病の段階では、ほとんどの方に自覚症状がありません。だからこそ「大丈夫」と感じてしまうのですが、これが最も危険な点でもあります。外来でお会いする方の中にも、「特に何も感じなかった」とおっしゃりながら、検査をしてみると動脈硬化が静かに進んでいた、というケースが少なくありません。

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    境界型糖尿病を悪化させる「見えないリスク因子」

    境界型糖尿病の方が特に気をつけていただきたいのが、血糖値だけを見ていると見落としやすいリスク因子の重なりです。循環器内科の外来では、血糖の値だけでなく、これらを合わせて評価することが不可欠だと考えています。

    ▪ 高血圧との組み合わせ

    境界型糖尿病と高血圧が重なると、心血管リスクはそれぞれ単独のリスクを単純に足した以上に高まります。血圧が130/80mmHgを超えている方で境界型糖尿病がある場合は、どちらか一方だけを管理していても不十分です。両者を同時に見る視点が必要です。

    ▪ 内臓脂肪の蓄積

    境界型糖尿病の背景には、多くの場合、内臓脂肪型の肥満があります。ウエスト周囲径が男性85cm・女性90cmを超えている場合(日本内科学会の基準)、インスリン抵抗性が高まりやすく、血糖値が上がりやすい体の状態になっています。体重が「正常範囲」であっても、内臓脂肪が多い「隠れ肥満」の方が境界型になるケースも珍しくありません。

    ▪ 睡眠の質と血糖の関係

    睡眠時間が短い・睡眠の質が悪いと、コルチゾールやグレリンといったホルモンのバランスが乱れ、血糖値が上昇しやすくなります。㉖のコラム(睡眠不足と高血圧・糖尿病)でも詳しく触れましたが、生活習慣の中で血糖管理に影響する要素は食事だけではありません。

    ▪ ストレスと血糖上昇

    慢性的なストレスは交感神経を刺激し、肝臓からのブドウ糖放出を増やします。「食事に気をつけているのに血糖が下がらない」という方の中に、仕事や家庭のストレスが影響しているケースが見受けられます。

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    今日から始められること――当院が境界型糖尿病の方にお伝えしていること

    境界型糖尿病は、正しく対処すれば「逆転できる状態」です。薬を使わず、生活習慣の改善だけで正常血糖に戻る方は決して少なくありません。外来でお会いしてきた方の中にも、1〜2年の取り組みでHbA1cが5.5%以下に戻った方が複数いらっしゃいます。以下、当院でお伝えしている具体的なアドバイスをまとめます。

    ▪ 食後血糖スパイクを抑える食べ方

    境界型の方に最も効果的なのは、食後の急激な血糖上昇を抑えることです。そのために有効なのが「食べる順番」の工夫です。野菜・海藻・きのこなどの食物繊維から食べ始め、次にたんぱく質(肉・魚・卵・豆腐)、最後に炭水化物(ご飯・パン・麺)という順番で食べると、食後血糖の上昇が緩やかになります。これだけで食後2時間血糖値が20〜30mg/dL程度改善するという報告があります。

    ▪ 食後15〜30分の軽い運動

    食後にすぐ動くことが、血糖コントロールに非常に効果的です。食後15〜30分のウォーキング(速足でなくて構いません)で、骨格筋がブドウ糖を積極的に取り込み、血糖の上昇を抑えます。「食後すぐ横になる」「デスクワークに戻る」という習慣が、食後高血糖を助長しやすいので気をつけてください。

    ▪ 体重の5〜7%減が目標です

    前述のDPP研究では、体重を5〜7%減らすことで糖尿病移行リスクが約58%低下しました。体重70kgの方なら3.5〜4.9kgの減量です。「10kg以上痩せないと意味がない」ということはありません。少しの減量でも、インスリン感受性は大きく改善します。

    ▪ 当院での検査・フォローについて

    茂澤メディカルクリニック南千住では、境界型糖尿病の方に対して75gOGTT(経口ブドウ糖負荷試験)を含む精密評価を行っています。空腹時血糖やHbA1cだけでは見えない「食後高血糖」の有無を確認した上で、心電図・血圧・脂質データも合わせて心血管リスクを総合的に評価します。「健診で引っかかったけど、どこに相談すればいいかわからない」という方のご来院を特にお待ちしています。南千住・荒川区・北千住近隣の方はお気軽にどうぞ。

    ★まとめ――「予備群」という言葉に安心しないでください
    「糖尿病予備群」という言葉は、どこか安心感を与えてしまいます。「まだ本当の病気じゃない」「少し気をつければ大丈夫」という印象を持ちやすい。でも実際には、この段階ですでに血管へのダメージは始まっており、何もしなければ数年以内に糖尿病に移行する確率は決して低くありません。

    逆に言えば、予備群の段階で気づいて行動できた方は、糖尿病を本当に予防できる可能性が高い。これは外来を続けてきた中で、私が実感していることです。

    「要経過観察」の紙を引き出しにしまわず、ぜひ一度ご相談にいらしてください。

    ★FAQ(よくある質問)
    Q1. 空腹時血糖が108mg/dLでHbA1cが5.8%でした。すぐに受診すべきですか?

    ➤ どちらも境界型の範囲に入っています。すぐに薬が必要な段階ではありませんが、75gOGTTで食後血糖を確認し、心血管リスクを合わせて評価することをお勧めします。「様子見」よりも「現状把握」を先に行うことが重要です。

    Q2. 親が糖尿病です。自分も予備群になりやすいですか?

    ➤ 糖尿病は遺伝的素因が関与しており、一親等(父母・兄弟)に糖尿病患者がいる場合、リスクは2〜3倍程度高まるとされています。親が糖尿病の方は、HbA1cが5.5%以下でも毎年の血糖チェックを欠かさないことをお勧めします。

    Q3. 予備群から正常血糖に戻ることはできますか?

    ➤ できます。体重の5〜7%減量と食後の運動習慣で、HbA1cが正常範囲に戻る方は外来でも複数経験しています。ただし「戻った」後も油断すると再び上昇するため、継続的なフォローが大切です。

    Q4. 予備群の段階から薬(メトホルミン等)を使うことはありますか?

    ➤ 日本のガイドラインでは、境界型に対する第一選択は生活習慣改善です。ただし肥満が強い・家族歴がある・複数のリスク因子が重なる場合など、医師の判断でメトホルミンを検討するケースもあります。当院では個別の状況に応じてご相談しています。

    Q5. 健診のHbA1cは毎年測っていますが、それ以上の検査は必要ですか?

    ➤ HbA1cが5.6%以上または空腹時血糖が100mg/dL以上になってきた場合は、75gOGTTで食後血糖を確認することをお勧めします。健診の数値だけでは食後高血糖のタイプを見逃すことがあるためです。

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    参考文献

    日本糖尿病学会. 糖尿病診療ガイドライン2024. 南江堂; 2024.
    Tuomilehto J, et al. Prevention of Type 2 Diabetes Mellitus by Changes in Lifestyle among Subjects with Impaired Glucose Tolerance. N Engl J Med. 2001;344(18):1343-1350. (フィンランド糖尿病予防研究:DPS)
    Knowler WC, et al. Reduction in the Incidence of Type 2 Diabetes with Lifestyle Intervention or Metformin. N Engl J Med. 2002;346(6):393-403. (米国糖尿病予防プログラム:DPP)
    Huang Y, et al. Prediabetes and the risk of cancer: a meta-analysis. Diabetologia. 2014;57(11):2261-2269.
    Huang Y, et al. Cardiovascular disease mortality in pre-diabetes and diabetes: a meta-analysis. Diabetes Care. 2016;39(7):1089-1097.
    日本内科学会ほか. メタボリックシンドローム診断基準. 2005.
    日本高血圧学会. 高血圧治療ガイドライン2023(JSH2023). ライフサイエンス出版; 2023.

    このコラムの執筆者

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    院長:茂澤 幸右
    糖尿病学会所属・循環器内科専門医
    日本医科大学付属病院 循環器内科 非常勤講師


    循環器内科専門医として、糖尿病・高血圧・脂質異常症などの生活習慣病診療に従事。
    血糖や血圧の管理だけでなく、将来の心筋梗塞や心不全を防ぐ視点を大切に、
    日々の外来で患者さんと向き合っています。
    このコラムでは、健診結果の見方や最新の医療情報などを、
    外来で実際にお話ししている言葉で分かりやすく解説しています。

    【経歴】
    日本医科大学医学部 卒業
    日本医科大学大学院医学研究科(循環器内科学)修了

    【資格】
    医学博士
    循環器内科専門医
    内科認定医

    【所属学会】
    日本内科学会
    日本循環器学会
    日本心臓病学会
    日本糖尿病学会
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