糖尿病患者に推奨される治療

運動・食事療法 (生活習慣改善)

近年の科学技術の進歩で非常に有効な内服薬や注射薬が注目を集めており、治療≒お薬というイメージを持つ方も少なくないと思います。
しかしながら糖尿病の治療において運動療法と食事療法は基本中の基本です。特に2型糖尿病では適切な生活習慣の改善だけで血糖コントロールが大きく改善するケースも少なくありません。このページでは糖尿病患者に推奨される運動・食事療法について詳しく解説します。


① 運動療法:どんな運動が効果的なのか?

運動は血糖値を下げるだけでなく、インスリンの効きを良くし、筋肉量を増やすことで基礎代謝を向上させる効果もあります。
・血糖値を直接下げる(筋肉が糖を消費するため)
・インスリン抵抗性を改善する(筋肉量の増加、脂肪の減少)
・心血管リスクの低減(血圧・脂質異常症の改善)


- おすすめの運動 -

適度な有酸素運動(ウォーキング・ジョギング・水泳・自転車など)
目安:1回30分程度、週3~5回


ここがポイント

自分が患者さんに説明するときによく使うのは有酸素運動≒「誰かと話しながらダラダラと続けられる運動」という表現です。 例えばジョギングと一言でいってもペースが速すぎれば、隣の方と雑談をしながら30分程度続けることはできないと思います。その領域になってくるともう既に‘無酸素運動’の領域に入っているということになります。 そのため息こらえなどが必然的に発生してしまう、ランニングや筋力トレーニングなどはあまりお勧めせず、最初は無難なウォーキングやバイク漕ぎ(よくジムにランニングマシーンのゾーンにあると思います)を私はお勧めしております。 その観点からみると水泳もどうしても潜る動作が加わると無酸素状態になるため、水中ウォーキングや常に顔を出した状態の背泳ぎや平泳ぎなどが無難でしょうか。
徐々に運動習慣も身に付き、ある程度心肺機能も向上してきた方は山登りなどにチャレンジされる方も多いです。山登りであれば無理なく休みながら自分のペースで行え、景色なども楽しめるため趣味としても付き合っていくこともできお勧めだと思います。

② 食事療法:何をどのように食べるべきか?

糖尿病の食事療法では、「糖質を減らせばいい」という単純な考え方ではなく、バランスの取れた食事を意識することが重要です。


- 基本の食事ルール -

・糖質の低い食材を選ぶ(血糖値の急上昇を防ぐ)
・適切なカロリー摂取を心がける(BMIや活動量に応じて調整)
・食物繊維をしっかり摂る(糖の吸収を穏やかにし、血糖値の安定に寄与)
・タンパク質もしっかり(筋肉量を維持し、インスリン感受性を向上)


- 具体的な食事例 -

食品の種類 おすすめ食材 避けたい食材
炭水化物(主食) 玄米・全粒粉パン・オートミール 白米・食パン・菓子パン
タンパク質 鶏むね肉・魚・豆腐・納豆 ソーセージ・加工肉
脂質 オリーブオイル・ナッツ 揚げ物・バター
野菜 ブロッコリー・ほうれん草・キャベツ じゃがいも・とうもろこし(糖質が多め)

また、食べる順番も血糖値の上昇を緩やかにするポイントになります。
★野菜や汁物(食物繊維を多く含むもの)→ タンパク質(肉・魚・大豆製品) → 炭水化物(ご飯やパン)の順序が理にかなっているといえます。

  • *¹ Colberg SR, et al. "Exercise and Type 2 Diabetes: The American College of Sports Medicine and the American Diabetes Association: Joint Position Statement." Diabetes Care. 2016.

薬物治療(内服)

糖尿病の飲み薬は、大きく分けて以下の5つのタイプがあります。

薬の種類 作用機序 主な薬剤名 特徴
ビグアナイド薬(BG薬) 肝臓での糖産生を抑え、筋肉での糖利用を促進 メトホルミン インスリン分泌に依存せず、体重増加が少ない
スルホニル尿素薬(SU薬) すい臓のβ細胞を刺激し、インスリン分泌を増やす グリベンクラミド
グリクラジド
低血糖リスクがあるため、慎重な管理が必要
DPP-4阻害薬 インクレチン(GLP-1)を分解する酵素を阻害し、インスリン分泌を促進 シタグリプチン
ビルダグリプチン
低血糖のリスクが低く、使いやすい
SGLT2阻害薬 腎臓での糖の再吸収を抑え、尿から糖を排出 ダパグリフロジン
エンパグリフロジン
体重減少や血圧低下の効果も期待できる
α-グルコシダーゼ阻害薬(α-GI薬) 糖の消化吸収を遅らせ、食後高血糖を抑制 ボグリボース
アカルボース
食事と一緒に服用する必要がある

各薬剤の詳細と特徴

(1) ビグアナイド薬(メトホルミン)

  • ▶︎ 作用:

    肝臓での糖産生を抑える
    筋肉や脂肪組織でのインスリン感受性を改善

  • ▶︎ メリット:

    体重が増えにくい
    低血糖を起こしにくく安全性が高い

  • ▶︎ 注意点:

    腎機能が低下している人は慎重に使用
    胃腸障害(下痢・腹部膨満感)が起こることがある


(2) スルホニル尿素薬(SU薬)

  • ▶︎ 作用:

    膵臓のβ細胞を刺激し、強制的にインスリンを分泌させる

  • ▶︎ メリット:

    血糖をしっかり下げる効果がある

  • ▶︎ 注意点:

    低血糖のリスクが高い(特に高齢者は注意)
    長期使用で膵臓のβ細胞が疲弊し、インスリン分泌効果が低下する可能性


(3) DPP-4阻害薬(グリプチン系)

  • ▶︎ 作用:

    インクレチン(GLP-1)を分解する酵素を阻害し、食後にインスリン分泌を促す

  • ▶︎ メリット:

    低血糖を起こしにくい
    体重増加のリスクが少ない

  • ▶︎ 注意点:

    劇的な血糖改善は期待できないが、安全性が高く使いやすい


(4) SGLT2阻害薬

  • ▶︎ 作用:

    尿から余分な糖を排出することで血糖を下げる

  • ▶︎ メリット:

    体重減少や血圧低下の副次的効果あり
    インスリン分泌に依存せず、膵臓の負担をかけにくい
    心保護、腎保護効果も薬理作用として有する

  • ▶︎ 注意点:

    脱水や尿路・性器感染症のリスクが上がる可能性(特に高齢者の女性は注意)
    ケトアシドーシス(DKA)のリスクがまれに報告されている


(5) α-グルコシダーゼ阻害薬(α-GI薬)

  • ▶︎ 作用:

    糖の吸収を遅らせ、食後の血糖上昇を緩やかにする

  • ▶︎ メリット:

    食後高血糖の改善に効果的

  • ▶︎ 注意点:

    食事の直前に服用しないと効果がないため内服の仕方が煩雑
    おならや腹部膨満感などの消化器副作用が起こりやすい


どの薬を選ぶべきか?

・肥満タイプの糖尿病 → SGLT2阻害薬やメトホルミンが向いている
・高齢者や低血糖リスクがある人 → DPP-4阻害薬が比較的安全
・すい臓の機能が低下している場合 → SU薬は慎重に使用するが、1stで選択することは殆どない。
・心疾患や腎疾患などがある場合 → 適応がある場合は積極的にエビデンスも豊富なSGLT2阻害薬を考慮。


多くの場合、1種類の薬だけでなく、複数の薬を組み合わせて治療することが一般的です。個人的には古くからあり安価で安全面の高いメトホルミンと最近出たエビデンスの豊富なSGLT2阻害薬の2剤を軸に個々の患者さんの生活様式や経過をみて上記の薬を組み合わせていくことが多いです。(両者ともに体重減少も期待できます。) さらに現在は上記の合剤も多く開発されており、なるべく飲む錠数を少ない方に、薬価の負担が下がる方にと意識して日々診療しております。 錠数が少ない方が内服する患者さんにとっても嬉しく飲み忘れや治療中断のリスクも軽減できます。

  • *¹ DeFronzo RA, et al. "Type 2 Diabetes Mellitus: A Multisystem Disease." Cell Metabolism. 2014.

薬物治療(非インスリン注射)

~GLP-1/GIP受容体作動薬~

GLP-1受容体作動薬やGIP/GLP-1受容体作動薬は、インスリン注射とは異なるメカニズムで血糖を下げる比較的新しいタイプの治療薬です。これらは「インクレチン関連薬」とも称され、特に2型糖尿病の治療において血糖コントロールだけでなく、体重減少や心血管保護のメリットが期待されています。


① GLP-1・GIPとは?

GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)とGIP(グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド)は‘インクレチン’と呼ばれるホルモンの一種です。これらは食事を摂ると小腸から分泌され、血糖をコントロールする働きを持ちます。

ホルモン 主な働き
GLP-1 ① インスリン分泌を促進
② グルカゴン分泌を抑制(肝臓での糖放出を減少)
③ 胃の動きを遅らせ、食欲を抑制
GIP ① インスリン分泌を促進
② すい臓β細胞を保護・増殖
③ 体重に対する影響はGLP-1より小さい

② GLP-1受容体作動薬

・作用機序
GLP-1受容体作動薬はインスリン分泌を促進し、血糖値を下げるだけでなく、胃の動きを抑えて食欲を低下させることで体重減少効果も期待できます。

薬剤名 投与方法 特徴
リラグルチド(ビクトーザ) 1日1回皮下注射 体重減少効果あり、心血管イベントリスク低下
セマグルチド(オゼンピック) 週1回皮下注射 強力な血糖降下作用、経口製剤(リベルサス)もあり
デュラグルチド(トルリシティ) 週1回皮下注射 低血糖リスクが少なく、簡便な自己注射
エキセナチド(バイエッタ) 1日2回または週1回皮下注射 体重減少効果あり
  • - メリット -

    血糖依存的にインスリンを分泌するため、低血糖リスクが比較的少ない
    胃の動きを遅くし、過剰な食欲を抑制するため、無理なく体重減少効果が期待できる
    心血管疾患のリスク低下が各研究結果から報告されている

  • - デメリット・注意点 -

    吐き気や胃の不快感などの副作用が初期に出ることがある
    膵炎や胆石のリスクが指摘されており、既往がある場合は使用を慎重に判断


③ GIP/GLP-1受容体作動薬

・作用機序
GLP-1の効果に加えGIPのインスリン分泌促進作用やすい臓β細胞の保護・増殖作用が期待できます。さらに脂肪代謝に関与し、体重減少効果を強化すると考えられています。

薬剤名 投与方法 特徴
チルゼパチド(マンジャロ) 週1回皮下注射 体重減少効果が特に強い
  • - メリット -

    GLP-1受容体作動薬よりも強力な血糖降下・体重減少効果が期待できる
    インスリン抵抗性の改善にも作用

  • - デメリット・注意点 -

    **GLP-1受容体作動薬と同様の副作用(吐き気・胃の不快感)**がある
    比較的新しい薬のため、長期データはまだ乏しい


④ GLP-1/GIP受容体作動薬はどんな人に適しているか?

  • ・適しているケース

    メトホルミンやSGLT2阻害薬で血糖コントロールが不十分な人
    体重増加を防ぎながら血糖コントロールしたい人
    心血管疾患のリスクが高い人(特にGLP-1受容体作動薬)

  • ・適していないケース

    膵炎や重度の胃腸障害の既往がある人
    妊娠中や授乳中の人(安全性が確立されていない)


⑤ まとめ:GLP-1/GIP製剤の活用ポイント

GLP-1受容体作動薬は血糖降下・体重減少・心血管保護の効果あり
GIP/GLP-1受容体作動薬はさらに強力な体重減少効果を持つが、新しい薬のため専門とした医師による慎重な管理が必要
低血糖リスクが少なく、肥満を伴う2型糖尿病患者に適している
糖尿病治療は単に血糖を下げるだけでなく、長期的な健康を守ることが大切です。GLP-1/GIP受容体作動薬は、その新しい選択肢として、今後ますます注目される治療法といえるでしょう。


ここがポイント

注射製剤を患者さんに提案する際に、‘注射製剤≒インスリン≒一度始めるとやめられない’というイメージを持ち、拒否反応を示す方が少なくありません。 最近は使い捨ての週1回で済む注射デバイスの進化も目を見張るものがあります。 使用方法を当院では私がまとめた動画を視聴してもらい、簡単に実演をすると高齢の患者さんでも「これなら怖くなくて私でも家でできそう。」とおっしゃってくれます。 実際に使用される針は細く痛みも少ない点と針は必要な5秒程度のみボタンと共にデバイス外に出て、体内に薬液が注入し終わると振り子の原理で自動にデバイス内に格納されます。 そのため針を直接視ることがない秀逸な設計になっていることも、ここまで注射製剤が本邦でも当たり前のように受け入れられるようになった一つの要因だと思います。

  • *¹ Nauck MA, et al. "Glucagon-like peptide 1 and its derivatives in the treatment of diabetes." Diabetologia. 2019.

薬物治療(インスリン注射)

インスリン療法は1型糖尿病の必須治療であり、2型糖尿病でも上記の経口血糖降下薬でも血糖コントロールが困難な場合や急性期治療にも使用されます。インスリンは膵臓のβ細胞が分泌するホルモンで、血糖を下げる役割を担いますが、糖尿病では分泌不全やインスリン抵抗性が問題となります。

① インスリンの分類と作用時間

インスリンは作用時間によって速効型と持効型に分類されます。

- 速効型インスリン(ボーラスインスリン)

食後の急激な血糖上昇を抑えるために使用され、毎食前に計3回注射します。

種類 製剤名 作用開始 ピーク(最大効果) 持続時間
超速効型 ノボラピッド、ヒューマログ、アピドラ 約15分 1~2時間 3~5時間
速効型 ヒューマリンR、ノボリンR 約30分 2~3時間 5~8時間

- 持効型インスリン(バサルインスリン)

24時間安定した血糖コントロールを目的とし、基礎分泌を補うために使用されます。

種類 製剤名 作用開始 ピーク(最大効果) 持続時間
中間型 ヒューマリンN、ノボリンN 1~2時間 4~8時間 12~18時間
持効型 ランタス、レベミル 1~2時間 なし 24時間
超持効型 トレシーバ 1~2時間 なし 42時間

▫️特徴
持効型・超持効型はピークが少なく低血糖リスクが低い
中間型はピークがあるため、夜間低血糖のリスクがある
トレシーバ(超持効型)は週1回投与が可能な新しい選択肢


② インスリン療法の実際

  • ・基礎・追加インスリン療法(Basal-Bolus Therapy)

    持効型(バサル)+超速効型(ボーラス)を組み合わせて自然な膵臓の働きを再現する方法。
    例:トレシーバ1日1回 + ノボラピッド毎食前
    メリット:血糖コントロールが良好で、生活スタイルに合わせやすい
    デメリット:注射回数が多い(1日4回以上)

  • ・混合型インスリン療法(Premixed Insulin Therapy)

    即効型+中間型を組み合わせた混合製剤を1日2~3回投与する方法。

    製剤名 成分 投与回数
    ノボラピッド30ミックス ノボラピッド+NPH 1日2回
    ヒューマログミックス50 ヒューマログ+NPH 1日2回

    メリット:投与回数が少なく簡便
    デメリット:柔軟性に欠け、低血糖リスクがある


③ インスリン療法のポイントとまとめ

1型糖尿病では必須、2型糖尿病でも適応例あり
インスリンの種類や使用方法を理解し、適切な選択と組み合わせが重要
低血糖を防ぐために血糖モニタリングと食事管理が必要
インスリン療法は糖尿病治療の最も強力な手段のひとつであり、適切な使用によって合併症を防ぎ、血糖管理を最適化できます。特に2型糖尿病では生活習慣の改善と組み合わせることで最大限の効果が得られます。その方に合ったインスリン療法を選択することが大切です。

  • *¹ American Diabetes Association. "Standards of Medical Care in Diabetes – 2023." Diabetes Care.