院長の生活習慣病コラム
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院長の生活習慣病コラム2026/08/04
「ストレスで血圧が上がる」? ーー自律神経の乱れが招く生活習慣病悪化のメカニズム
「最近、なんだか血圧が高い気がする」「食事も運動も変えていないのに、健診の数値だけが悪くなった」ーー外来でこうしたお悩みを伺う機会は、決して少なくありません。患者さんの多くは、まず食生活や運動不足を疑います。もちろんそれも大切な視点ですが、実際に問診を重ねていくと、仕事の繁忙期、介護疲れ、人間関係の悩みなど、精神的なストレスが数値悪化の引き金になっているケースにしばしば出会います。
「ストレスで血圧が上がるなんて、気のせいでは」と思われる方も多いのですが、これは気のせいではなく、自律神経系とホルモンを介した明確な生理学的反応です。私自身、診療の合間に16時間断食を実践しながら日々の血圧・血糖の変動を記録していますが、学会前や外来が立て込む時期には、食事内容をまったく変えていないにもかかわらず、家庭血圧の数値が明らかに上振れすることを繰り返し経験しています。
今回は、ストレスと自律神経の乱れが血圧・血糖にどのようなメカニズムで影響を及ぼすのか、そして日常生活の中でどう対策すればよいのかを、循環器内科医の立場から詳しく解説します。
そもそも自律神経とは何かーー血圧・血糖をコントロールする「見えない司令塔」
自律神経は交感神経と副交感神経の2系統から成り立ち、私たちの意思とは無関係に心拍数・血管の収縮・血糖値・消化機能・体温などを24時間体制でコントロールしています。ストレスを感じると交感神経が優位となり、心拍数の上昇、末梢血管の収縮、そして肝臓からのブドウ糖放出が同時に起こります。これは本来、外敵から身を守るために備わった「闘争・逃走反応(fight-or-flight response)」と呼ばれる仕組みで、生命維持のためには本来欠かせない反応です。
ところが現代社会では、締め切りや職場の人間関係、家庭内のストレスなどが慢性的に続くため、交感神経優位の状態が一時的ではなく長時間・断続的に持続してしまいます。これが血圧・血糖のコントロールを難しくする大きな要因です。
日本高血圧学会の「高血圧治療ガイドライン2019」でも、精神的ストレスは本態性高血圧の増悪因子の一つとして明記されており、単なる「気の持ちよう」ではなく、治療方針を考える上で無視できない因子として扱われています。以前㉒でお話しした「白衣高血圧」は診察室という特定の場面で一時的に生じる反応ですが、慢性的なストレスによる自律神経の乱れは、通勤中、職場、家庭など日常生活のあらゆる場面で持続的に血圧・血糖へ影響を及ぼす点が大きく異なります。この「持続性」こそが、ストレス由来の数値悪化を見逃してはいけない理由です。
ストレスが引き起こす具体的な数値変化ーーコルチゾールと心拍変動
交感神経の緊張状態が続くと、副腎からコルチゾール(いわゆるストレスホルモン)が持続的に分泌されるようになります。コルチゾールは本来、血糖値を上げて活動エネルギーを確保するためのホルモンですが、慢性的に高い状態が続くと、インスリンの働きが悪くなる「インスリン抵抗性」を招きます。これは食事内容を一切変えていなくても、HbA1cがじわじわと上昇していく一因になり得るということです。
㉗でお話しした糖尿病と心臓病の関係とあわせて考えると、ストレスは血糖・血圧の両面から循環器リスクを押し上げる因子だと言えます。
血圧に関しても、英国の大規模疫学研究であるホワイトホール研究をはじめ、職場の高ストレス環境と高血圧発症リスクとの関連を示す研究は世界中で複数報告されています。当院で家庭血圧を継続記録していただいている患者さんの中にも、繁忙期の収縮期血圧が平常時と比べて10〜15mmHg程度、時にはそれ以上高く推移するケースを実際に確認しています。
これは決して珍しい変動幅ではなく、日々の血圧手帳を丁寧に見返すことで初めて気づくことのできるサインです。さらに近年、臨床現場でも注目されているのが「心拍変動(HRV:Heart Rate Variability)」という指標です。心拍と心拍の間隔にあるわずかなゆらぎを解析することで、交感神経と副交感神経のバランスを客観的に評価できるもので、HRVの低下、つまり交感神経優位の状態が続いていることは、心血管イベントリスクの上昇と関連することが複数の研究で示されています。近年は市販のウェアラブル端末でも簡易的に確認できるようになってきており、当院でも問診の中でウェアラブル端末の活用状況を伺い、患者さんご自身の変化への気づきを促す材料として活用することがあります。
見過ごされがちな身体的サインーー数値だけでは分からない変化
ストレスによる自律神経の乱れは、血圧・血糖の数値だけでなく、日常生活の中でいくつかのサインとして現れます。当院で問診時に特に注意して確認しているのは、以下のような項目です。
・食事内容を変えていないのに、家庭血圧が高めで推移している
・寝つきが悪い、夜中に何度も目が覚める、あるいは早朝に目が覚めてしまう
・肩こりや頭痛、顎の緊張感が慢性的に続いている
・甘いものや炭水化物への欲求が強くなる(これはコルチゾール上昇に伴う代償行動の一つとされています)
・以前は気にならなかった些細なことでイライラしやすくなったこれらは単独では「ただの疲れ」と見過ごされがちですが、複数が重なっている場合、自律神経の乱れが背景にある可能性を考える必要があります。特に、㉖でお話しした睡眠不足との関連は深く、睡眠の質の低下がさらに交感神経優位の状態を強め、翌日の血圧・血糖にも影響するという悪循環を形成しやすい点には注意が必要です。当院では、こうした身体的サインを問診の中で丁寧に拾い上げ、生活習慣病の背景にある要因を単なる食事・運動指導だけでなく、多角的に捉えることを心がけています。
今日からできる対策と、当院での取り組み
ストレスによる自律神経の乱れへの対策として重要なのは、闇雲にストレスそのものをゼロにしようとするのではなく、交感神経優位の状態を意識的に「リセットする時間」を日常の中に組み込むことです。具体的には、以下のような方法が副交感神経を優位にする働きを持つとされています。
・1日数分でも良いので、ゆっくりとした腹式呼吸を行う時間を作る
・就寝1時間前からスマートフォンやパソコンの使用を控える
・軽い有酸素運動(ウォーキングなど)を週に数回、無理のない範囲で習慣化する
・入浴を就寝の1〜2時間前に済ませ、深部体温を緩やかに下げてから眠りにつくいずれも特別な道具や時間を必要とせず、明日からでも始められる対策です。ただし、これらを実践しても数値の改善が見られない場合、背景にあるストレス要因そのものへの対処や、場合によっては睡眠時無呼吸症候群など別の疾患が隠れている可能性も考慮する必要があります。
当院では、血圧・血糖の数値だけを診るのではなく、問診の中で睡眠状況、仕事や家庭の環境、生活リズムについても丁寧に伺い、必要に応じて生活指導を行っています。数値の変動が食事・運動だけでは説明できない場合、その背景にある心理的・社会的要因まで含めて、患者さんと一緒に整理していくことを診療方針としています。南千住・荒川区・北千住エリアには働き盛りの世代やご家族の介護をされている方も多く通院されており、そうした生活背景を踏まえた診療を大切にしています。
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まとめ
ストレスによる血圧・血糖の変動は、決して「気の持ちよう」の問題ではなく、自律神経とホルモンを介した実際の生理現象です。食事や運動を見直しても数値が改善しない場合、その背景にストレスや睡眠の質の低下が隠れていないか、一度立ち止まって考えてみることをお勧めします。気になる症状や、家庭血圧の変動でお悩みの方は、お気軽に当院までご相談ください。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
よくある質問(FAQ)
Q➤ストレスだけで高血圧症と診断されることはありますか?
A➤ストレス単独で診断名がつくことはありませんが、当院では家庭血圧の変動パターンや問診内容から、ストレスが増悪因子になっていないか総合的に評価しています。Q➤HRV(心拍変動)はどこで測定できますか?
A➤市販のウェアラブル端末で簡易的に確認できますが、正確な自律神経評価をご希望の場合は診察時にご相談ください。Q➤ストレスによる血圧上昇は一時的なものですか?
A➤慢性的なストレスが続くと交感神経優位の状態が持続し、血圧・血糖に長期的な影響を及ぼす可能性があります。Q➤コルチゾールの数値は血液検査でわかりますか?
A➤採血や採尿で測定可能ですが、日内変動が大きいため、症状や経過とあわせて総合的に判断する必要があります。Q➤ストレス性の血圧上昇にも降圧薬は必要ですか?
A➤数値や合併症の有無により異なります。まずは生活背景の把握が重要なため、当院での問診を通じてご提案いたします。
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参考文献
・日本高血圧学会「高血圧治療ガイドライン2019」
・Marmot MG, et al. Health inequalities among British civil servants: the Whitehall II study. Lancet. 1991.
・Thayer JF, Lane RD. The role of vagal function in the risk for cardiovascular disease and mortality: a review and metaanalysis. Biol Psychol. 2007.
・日本糖尿病学会「糖尿病診療ガイドライン2024」このコラムの執筆者
院長:茂澤 幸右
糖尿病学会所属・循環器内科専門医
循環器内科専門医として、糖尿病・高血圧・脂質異常症などの生活習慣病診療に従事。
血糖や血圧の管理だけでなく、将来の心筋梗塞や心不全を防ぐ視点を大切に、
日々の外来で患者さんと向き合っています。
このコラムでは、健診結果の見方や最新の医療情報などを、
外来で実際にお話ししている言葉で分かりやすく解説しています。
【経歴】
日本医科大学医学部 卒業
日本医科大学大学院医学研究科(循環器内科学)修了
【資格】
医学博士
循環器内科専門医
内科認定医
【所属学会】
日本内科学会
日本循環器学会
日本心臓病学会
日本糖尿病学会