院長コラム
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院長コラム2026/02/04
血圧・糖尿・コレステロールの薬は、飲み始めたら一生やめられない?
外来で、ほぼ必ず聞かれる質問があります。
「先生、薬って一度始めたら一生続けないといけないんですよね?」この質問には、不安も戸惑いも、そして“できれば飲みたくない”という正直な気持ちが詰まっています。
結論から言うと、一生やめられない薬もあれば、条件がそろえば減らせる・中止できる薬もあります。
ただし、これは「Yes/No」で単純に答えられる話ではありません。風邪薬は体調が戻ればもう飲む必要がなくなりますが、生活習慣病の薬はそんなに単純ではありません。
大切なのは、
▪ なぜ今その薬が必要なのか
▪ 何を防ぐために使っているのか
▪ やめられるとしたら、どんな条件が必要なのか
を理解しているかどうかです。このページでは、循環器内科専門医として、
血圧・糖尿・コレステロールの薬をどう考えているかを、
外来で実際に頭の中で組み立てている思考そのままにお話しします。
生活習慣病の薬は「症状」ではなく「未来」を治療している
高血圧、糖尿病、脂質異常症。
これらに共通するのは、ほとんど症状がないという点です。血圧が160mmHgあっても、
「特に困っていません」という方は少なくありません。
HbA1cが7%でも、仕事や家事を普通にこなせる方は多い。
LDLコレステロールが180mg/dLでも、痛みはありません。それでも治療をする理由は明確です。
これらの病気は、
▪ 心筋梗塞
▪ 脳卒中
▪ 心不全
▪ 腎不全
といった命や生活に直結する病気につながるからです。糖尿病がある方では、
心筋梗塞の発症リスクが約2〜4倍になることが知られています。
高血圧は、血圧が10mmHg高い状態が続くだけで、
脳卒中や心不全のリスクが段階的に上昇します。
LDLコレステロールが高い状態が何年も続けば、
動脈硬化は確実に進行します。私は長年大学病院の急性期病棟で勤務していたため、連日上記の大きな病気(特に心臓病)で救急搬送された方をみてきました。
その方々は問答無用で血圧やコレステロールの薬を導入して今後の再発リスクを最小化します。
つまり1➤2にならないように管理しなければありません。
でも本来は0➤1になる前の予防の方がとても価値があり重要なのです。つまり生活習慣病の薬は、
今の体調を良くするための薬ではありません。
将来の大きな病気を未然に防ぐための薬です。この前提を理解していないと、
「症状もないのに薬を飲まされている」
という感覚になりやすくなります。
なぜ薬をやめると数値が戻るのか ― 病態生理から考える
「薬をやめたら、また血圧が上がった」
「コレステロールが元に戻った」これは、治療が失敗したからではありません。
体の仕組みとして、むしろ自然な反応です。生活習慣病の背景には、
▪ 内臓脂肪の蓄積
▪ インスリン抵抗性
▪ 交感神経の過剰な緊張
▪ レニン・アンジオテンシン系の活性化
といった状態があります。薬は、これらの結果として現れている
「血圧」「血糖」「コレステロール」という数値を抑えています。
原因そのものを消しているわけではありません。だから、
背景が変わらないまま薬をやめれば、数値が戻る。
これは、体が正直に反応しているだけです。ここで大切なのは、
「戻った=一生必要」
ではなく、
「背景がまだ変わっていないというサイン」
と捉えることです。
薬をやめられる人・やめにくい人は、ここで決まる
外来で私は、必ずこう考えます。
「この方は、今どの段階にいるのか」やめられる可能性があるケース
▪ 比較的若い
▪ 罹病期間が短い
▪ 体重が5〜10%以上減少している
▪ 血圧・血糖・脂質が長期間安定している
▪ 心臓・腎臓・血管に明らかな障害がないこの場合、薬は
生活改善が軌道に乗るまでの“補助輪”
という位置づけになります。
条件がそろえば、減薬や中止を検討します。一方で、
やめにくいケース
▪ 心筋梗塞、狭心症、脳卒中の既往
▪ 慢性腎臓病(CKD)
▪ 明らかな動脈硬化
▪ 高齢
▪ 糖尿病の罹病期間が長いこの段階では、薬は
再発を防ぐための治療そのものです。
一次予防と二次予防では、
薬の意味がまったく異なります。
今の薬は「数値を下げるため」ではなく「心臓・血管・腎臓を守るため」に使う
少し前まで、生活習慣病の薬は
「血圧を下げる薬」
「血糖を下げる薬」
「コレステロールを下げる薬」
と、それぞれ別々の目的で考えられていました。しかし今は、考え方が大きく変わっています。
高血圧、糖尿病、脂質異常症は、
それぞれ独立した病気のように見えて、
実際には同じ血管の上で起きている問題です。血圧が高い状態が続けば、血管の壁は傷つき、硬くなります。
そこにLDLコレステロールが多ければ、動脈硬化はさらに進みます。
血糖が高い状態が続けば、血管の内側は炎症を起こしやすくなり、
心臓や腎臓の負担は一気に増えます。つまり、
血圧・血糖・脂質は
すべて「心臓・脳・腎臓につながる一本の道」の上にあります。そのため最近の治療では、
「この数値をどこまで下げるか」だけでなく、
この治療で将来の心筋梗塞・脳卒中・心不全・腎不全をどれだけ減らせるか
という視点が重視されるようになっています。たとえば降圧治療一つ取っても、
単に血圧を下げるだけでなく、
▪ 心肥大を進めにくいか
▪ 心不全を起こしにくいか
▪ 腎機能を守れるか
といった点まで考えて薬を選びます。脂質異常症の治療も同様です。
LDLコレステロールを下げる目的は、
「数字を良く見せること」ではありません。
動脈硬化を進ませないこと、心筋梗塞や脳梗塞を防ぐことが本質です。糖尿病治療でも、
最近は「血糖だけを見て治療する」ことはほとんどありません。
心不全や腎機能悪化のリスクが高い方では、
血糖値以上に“臓器を守れるかどうか”を重視して治療方針を決めます。このように現在の生活習慣病治療は、
数値を下げる治療から、将来の臓器障害を防ぐ治療へ
はっきりと軸足が移っています。だからこそ、
「数値が少し良くなったから、薬を全部やめていいか」
という判断は、慎重にならざるを得ません。私は外来で、
「この薬は、今の数値のためか」
「それとも、5年後・10年後の心臓や腎臓を守るためか」
を必ず整理してお話しするようにしています。薬を続けるかどうかは、
“今の楽さ”ではなく、“将来の安全性”を基準に考える。
それが、生活習慣病治療の本質だと考えています。文責:茂澤メディカルクリニック南千住
院長 茂澤 幸右【経歴】
日本医科大学医学部 卒業
日本医科大学大学院医学研究科(循環器内科学)修了【資格】
医学博士
日本循環器学会認定 循環器内科専門医
日本内科学会認定 内科認定医【所属学会】
日本内科学会
日本循環器学会
日本心臓病学会
日本糖尿病学会【専門分野】
循環器疾患(特に虚血性心疾患・弁膜症性心疾患)
糖尿病・動脈硬化疾患
参考文献
日本高血圧学会
日本高血圧学会 高血圧治療ガイドライン2019
Hypertension Research. 2019.日本糖尿病学会
糖尿病診療ガイドライン2023
南江堂.日本動脈硬化学会
動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版
日本動脈硬化学会.The SPRINT Research Group
A Randomized Trial of Intensive versus Standard Blood-Pressure Control.
New England Journal of Medicine. 2015;373:2103–2116.UK Prospective Diabetes Study (UKPDS) Group
Intensive blood-glucose control with sulphonylureas or insulin compared with conventional treatment.
Lancet. 1998;352:837–853.Zinman B, et al. (EMPA-REG OUTCOME Trial)
Empagliflozin, Cardiovascular Outcomes, and Mortality in Type 2 Diabetes.
New England Journal of Medicine. 2015;373:2117–2128.Wiviott SD, et al. (DECLARE–TIMI 58)
Dapagliflozin and Cardiovascular Outcomes in Type 2 Diabetes.
New England Journal of Medicine. 2019;380:347–357.Cholesterol Treatment Trialists’ (CTT) Collaboration
Efficacy and safety of LDL-lowering therapy.
Lancet. 2010;376:1670–1681.Bangalore S, et al.
Cardiovascular protection using blood pressure–lowering therapy.
Lancet. 2017;389:2373–2382.
文責:茂澤メディカルクリニック南千住
院長 茂澤 幸右(糖尿病学会所属・循環器内科専門医)