院長コラム
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院長コラム2026/04/21
血圧の薬、自己判断でやめた人に起きていること 〜循環器内科専門医の院長が、患者さんがやめてしまう理由から体への影響まで正直に解説〜
「血圧が下がってきたし、もう薬はいいかな」そう思ったことのある方は、少なくないと思います。数値が改善されれば、誰だって「治ってきた」と感じる。その感覚は間違っていないし、努力して生活を変えてきた結果なら、なおさらです。ただ、降圧薬を自己判断でやめることには、見えにくいリスクがあります。症状が出ないから気づきにくい。気づいたときには、血管や心臓にすでに変化が起きていた——というケースが、外来では少なくありません。「なぜやめてしまうのか」「やめると体に何が起きるのか」「やめてもいい場合はあるのか」。今日はこの3つを、順番に話していきます。
① なぜ自己判断でやめてしまうのか——外来でよく聞く本音
「血圧が下がってきたから、もう必要ないかと思って」これが一番多い理由です。毎週のように聞きます。努力して生活を変えて、数値が改善された。その達成感は本物だし、「薬に頼らずに済むなら」という願望も、人として自然なものだと思います。ただ、ここに根本的な誤解があります。血圧が下がっているのは、薬が効いているからです。たとえば、インスリンを使っている糖尿病の患者さんが、「血糖が正常になったからもう打たなくていい」とはなりませんよね。構造は同じです。薬が血圧を下げているのであって、病気そのものが治ったわけではない。薬をやめれば、多くの場合、数週間以内に血圧は元の水準に戻ります。場合によってはそれ以上に跳ね上がることもある。次に多いのが、「副作用が気になって」という理由。足がだるい、頭がぼーっとする、咳が止まらない——こういった症状を感じながら、「言い出しにくくて」自分でやめてしまう方がいます。これは、むしろ言ってほしい。降圧薬には複数の種類があります。▪ ARB・ACE阻害薬(血管を広げるタイプ)
▪ カルシウム拮抗薬(血管の緊張をほぐすタイプ)
▪ 利尿薬(余分な水分・塩分を排出するタイプ)
▪ β遮断薬(心拍数を落とすタイプ)それぞれ作用が異なり、副作用のプロファイルも違います。合わないものがあれば変えられる。でも「なんとなく合わない気がして黙ってやめた」という状態では、医師は何も対処できません。そして「一生飲み続けるのが嫌」。この気持ちは、最も正直な本音だと思います。薬を飲み続けることへの心理的な抵抗感は、決して甘えではない。「毎日薬を飲む自分」を受け入れることの難しさは、外来に来るたびに感じています。だからこそ、「一生飲まなければいけないのか」という問いには、ちゃんと答えたい。それは③の章で正面から話します。
② 薬をやめたとき、体の中で何が起きているか
降圧薬を突然やめると、まず血圧がリバウンドします。これは多くの薬に共通して起きることですが、特に注意が必要なのがβ遮断薬です。β遮断薬は、心拍数を落とし、心臓への負担を減らすことで血圧を下げる薬です。ところが、急にやめると、今まで抑えられていた交感神経の活動が一気に解放される。心拍数が急増し、血圧が急上昇する——これを「離脱症候群」と呼びます。狭心症の患者さんでは、この離脱が引き金になって胸痛発作が起きたり、最悪の場合は心筋梗塞につながることが報告されています。では、β遮断薬以外ならいいのか。そうではありません。血圧が再び高い状態に戻ると、血管への圧力負荷が戻ります。その圧力が血管の内壁を傷つけ、炎症を起こし、動脈硬化を進行させる。心臓は圧力に抵抗するために筋肉を肥大させ、やがて拡張機能が落ちてくる。腎臓の糸球体は高い圧力にさらされ続けることで、少しずつ機能を失っていく。問題は、これらの変化に「症状がない」ことです。痛みはない。息苦しさもない。気づいたときには、心臓が肥大していたり、腎機能が落ちていたりする。当院でも、「数ヶ月前から薬をやめていた」という患者さんの心臓超音波を確認すると、左室の壁が厚くなっていたケースがあります。尿検査でタンパクが出始めていたケースも。本人には何の自覚もなかった。疫学的なデータも示しています。Ettehad Dらの大規模メタ解析(Lancet, 2016)では、収縮期血圧が10mmHg上昇するごとに、主要心血管イベントのリスクが約20%増加することが示されています。「少し高め」と感じていた数値が、実はこれだけの意味を持っている。薬をやめて「大丈夫だった」と感じている方がいます。でもその「大丈夫」は、今この瞬間のスナップショットに過ぎません。血管の変化は、何年もかけて静かに積み重なっていくものだから。なお、日本高血圧学会のガイドライン(JSH 2023)でも、降圧療法の変更・中断は医師との相談のもとで行うことが明記されています。
③ 「やめてもいい場合」は本当にあるのか——正直に答えます
あります。すべての方が一生飲み続けなければいけないわけではありません。これははっきりお伝えしたい。減薬・休薬を検討できる条件としては、たとえばこういうケースがあります。▪ 体重が大きく減少した(5〜10kg以上の減量が達成された)
▪ 塩分制限が定着した(1日6g以下を半年以上継続できている)
▪ 有酸素運動の習慣がついた(週150分以上を数ヶ月継続)
▪ もともと軽症で、1種類の薬で管理できていた
▪ 他のリスク因子(糖尿病・脂質異常症など)が少ない日本高血圧学会のガイドラインでも、減塩・減量・運動・節酒といった生活習慣の修正には、薬と同等かそれ以上の降圧効果が得られる場合があることが示されています。生活習慣の改善は、「薬をやめるための正当な根拠」になり得るのです。一方で、こういった方は自己中断が特に危険です。▪ すでに2種類以上の降圧薬を使用している
▪ 糖尿病・慢性腎臓病を合併している
▪ 過去に心筋梗塞・脳卒中を起こしたことがある
▪ 心臓超音波で左室肥大が確認されている「やめてもいいかどうか」は、データを見ながら医師が判断することです。当院では、「薬をいつかやめたい」という希望を、治療の目標として一緒に掲げることができます。 そのために今何をすべきか、どういう状態になれば減薬を検討できるか——そこまで含めて話し合いたいと思っています。黙ってやめるのではなく、「やめるための道筋を一緒に作ること」。それが、外来で私がしたいことの一つです。
④ 薬との正しい付き合い方——当院での考え方
外来でよく使う言葉があります。
「薬は、血管を守るための道具です」
降圧薬の目的は、血圧の数値を下げることではありません。高血圧が引き起こす心筋梗塞・脳卒中・心不全・慢性腎臓病——これらを防ぐことが本当のゴールです。数値はその手段に過ぎない。
薬を選ぶ段階でも、当院では「なぜこの薬か」を必ず説明するようにしています。
▪ 糖尿病を合併している方 → 腎保護効果のあるARBを優先
▪ 心拍数が速い方 → β遮断薬を組み合わせる
▪ むくみが気になる方 → カルシウム拮抗薬の種類を変える
▪ 塩分が多い生活習慣の方 → 利尿薬を検討する
「なんとなく出された薬」ではなく、「理由のある薬」として受け取れるかどうかで、飲み続けられるかどうかが変わってくると感じています。
また、副作用を感じたらすぐに言ってほしい。 咳、むくみ、立ちくらみ、だるさ——どれも軽視していいものではないし、変更できる余地があります。副作用を我慢して飲み続けることが正解ではないし、だからといって黙ってやめることも正解ではない。「この薬、ちょっと合わない気がする」という感覚は、治療を見直す大事なサインです。
自己判断でやめてしまった方が来院されたとき、私は責めません。
現状をデータで確認して、これからどうするかを一緒に考える。それだけです。■ 当院が大切にしていること
高血圧の治療で一番難しいのは、「長く続けること」だと、外来を重ねるほど感じます。
症状のない病気を、症状のないまま管理し続ける。血圧手帳に毎朝数字を書き込んで、薬を飲んで、でも何も変わった感じがしない——そういう日々を続けることは、精神的にも簡単ではない。
当院では私が循環器内科専門医として血圧・心臓・血管を診ながら、採血・心電図・心臓超音波まで院内で完結できる体制をとっています。「今のあなたの血管がどういう状態か」を、その場で見せながら話せることが、当院の強みの一つだと思っています。
また、高血圧は単独で来ることが少ない。糖尿病・脂質異常症・肥満・睡眠時無呼吸症候群が絡み合い、互いを悪化させながら心臓と血管に負荷をかけ続けている——そういうケースがほとんどです。当院ではそれらを切り離さず、生活習慣病をまとめて一元管理する体制をとっています。
必要に応じて日本医科大学附属病院・東京リバーサイド病院と連携し、精密検査や入院が必要と判断した際は責任を持って紹介します。
「薬をやめてしまっていた」と打ち明けてくれた方が、ここで現状を確認して、また一緒にやっていける——そういう場所でありたいと思っています。■ まとめ
▪ 降圧薬を自己判断でやめると、血圧のリバウンドや心血管リスクの上昇につながる可能性がある
▪ 特にβ遮断薬の急な中断は、離脱症候群として危険を伴う場合がある
▪ 「血圧が下がった=薬が不要」は誤解。薬が効いているから下がっている
▪ 「やめてもいい場合」は確かにあるが、その判断は必ず医師と相談のうえで
▪ 副作用の不安・減薬の希望・「一生飲み続けるのか」という疑問——何でも外来で話してください
南千住で高血圧の管理についてご相談したい方は、どうぞお気軽にご来院ください。
参考文献
日本高血圧学会 高血圧治療ガイドライン2023(JSH 2023)
Ettehad D, et al. "Blood pressure lowering for prevention of cardiovascular disease and death: a systematic review and meta-analysis." Lancet. 2016.
Bangalore S, et al. "Antihypertensive drugs and risk of incident diabetes." JACC. 2010.
Psaty BM, et al. "Health outcomes associated with antihypertensive therapies used as first-line agents." JAMA. 1997.このコラムの執筆者
院長:茂澤 幸右
糖尿病学会所属・循環器内科専門医
循環器内科専門医として、糖尿病・高血圧・脂質異常症などの生活習慣病診療に従事。
血糖や血圧の管理だけでなく、将来の心筋梗塞や心不全を防ぐ視点を大切に、
日々の外来で患者さんと向き合っています。
このコラムでは、健診結果の見方や最新の医療情報などを、
外来で実際にお話ししている言葉で分かりやすく解説しています。
【経歴】
日本医科大学医学部 卒業
日本医科大学大学院医学研究科(循環器内科学)修了
【資格】
医学博士
循環器内科専門医
内科認定医
【所属学会】
日本内科学会
日本循環器学会
日本心臓病学会
日本糖尿病学会